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心神喪失者等医療観察法 Q & A 1〜5

 


Q1.どんな人がこの制度の対象となるのですか?

Answer 1.
 
医療観察法は、心神喪失または心神耗弱の状態で重大な他害行為を行った者に対して強制的な入院や通院を命じるための手続を定めるほか、入院中の医療や通院中の処遇について定めています。
 この制度の対象となる者(「対象者」といいます)は、同法の定める重大な他害行為(「対象行為」といいます)を行った者ですが、対象行為とは次のいずれかにあたる行為をさします(同法2条2項)。
  (1)現住建造物等放火、非現住建造物等放火、建造物等以外放火と各未遂罪
  (2)強制わいせつ、強姦、準強制わいせつ及び準強姦と各未遂罪
  (3)殺人、殺人関与及び同意殺人と各未遂罪
  (4)傷害(傷害致死を含む)
  (5)強盗、事後強盗と各未遂罪(強盗致死傷を含む)
   上記の対象行為を行った者で、次のいずれかに該当する者が「対象者」となります(同法2条3項)。
  (a)検察官が心神喪失者または心神耗弱者と認めて不起訴処分にした者
  (b)検察官に起訴されて、刑事裁判で心神喪失者と認められて無罪の確定判決を受けた者
  (c)検察官に起訴されて、刑事裁判で心神耗弱者と認められて刑を減軽する確定判決を受け、懲役刑または禁固刑を執行されない者(執行猶予判決や罰金刑の場合のほか、実刑判決でも未決勾留日数が刑期に満つるまで算入される場合も含む)
 要するに、対象行為を行ったが、心神喪失または心神耗弱を理由にして刑務所に収容されない者は、この法律の対象となるわけです。

位田 浩(弁護士)
2007年7月


Q2.人格障害がある人や発達障害がある人、あるいは認知症の診断を受けた人にもこの法律は適用されるのですか?  また、未成年者にも適応されますか?

Answer 2.
  この法律では、まず心神喪失又は心神耗弱とされた人について、検察官が申し立てを行います。したがって、心神喪失又は心神耗弱と判断された場合は、“人格障害”と呼ばれる人でも、発達障害あるいは認知症の人でも、この法律の対象になります。ただし、審判の時点で、“医療観察法による医療”をおこなうかどうかの判断においては、微妙になります。医療観察法は、治療の可能な人だけを対象にするという原則があります。そうでなければ、治りもしないのにずっと病院に強制的に入院させられることになってしまうからです。だから、“人格障害”や発達障害の人の場合は、入院させるべきではないという考えがあります。しかし、“人格障害”や発達障害だけでは、心神喪失や心神耗弱状態になることは考えにくく、実際に問題になるのは、一時的に精神病症状が見られるような場合です。認知症の場合でも、認知症にともなう妄想などのために、重大な他害行為を行って、この法律による医療を受けている人がいます。現時点で明らかになっている問題は、二つあります。ひとつは、なかなか治療効果がないということで、既に「退院させられるのか」ということが問題になっています。もう一つの問題は、医療観察法の鑑定の際に統合失調症と診断された人の中に、少なからず発達障害の人がいるという問題です。これらの問題は、この法律の見直しの際に、重要な問題として議論されることになると思います。
 また、未成年については、原則として、医療観察法は適用されないことになっています。なぜなら、未成年はそもそも少年法という、少年を保護するための法律の対象になっていて、少年法によって適切な保護や措置が決められるからです。しかし、いわゆる少年法の厳罰化で、16歳以上の少年の重大な他害行為は原則逆送ということになっていますから、逆送され、心神喪失又は心神耗弱と判断された場合にどのような扱いになるのかは、まだそのような事例が出ていないので、未知数です。

大久保圭策(精神科医)
2007年7月


Q3.対象者の入院や通院はどんな手続きで決定されるのですか?

Answer 3.
  医療観察法の審判手続は検察官の申立から始まります。検察官が申立をすると、裁判所は対象者について原則として2ヶ月間の鑑定入院を命じます。必要があるときはこの期間を1ヶ月間延長することができます。対象者の鑑定入院中、裁判所が指定した鑑定人(精神科医)が対象者を鑑定します。鑑定人は、対象者が精神障害者であるかどうか、対象行為を行った際の精神障害を改善し、これに伴って同様の行為を行うことなく、社会に復帰することを促進するためにこの法律による医療を受けさせる必要があるかどうかについて鑑定します。また、裁判所は保護観察所長に対し対象者の生活環境の調査を行うよう求め、社会復帰調整官が調査にあたります。この間、対象者には付添人(弁護士)が選任され、付添人が対象者や保護者と面談し、対象者にとって有利な証拠を裁判所に提出したりします。裁判所は、鑑定入院期間が終了する前に審判期日を開きます。審判期日には、裁判官、精神保健審判員(精神科医)、検察官、対象者、付添人、保護者、社会復帰調整官、精神保健参与員が出席するほか、鑑定人や証人などが出席します。裁判所は対象者および付添人から意見を聴いたうえで、入院や通院の決定を下します。

位田 浩(弁護士)
2007年7月


Q4.この法律ができるまで、心神喪失で無罪となった精神障害者はどんな処遇を受けていたのですか?

Answer 4 .
  医療観察法ができるまでは、心神喪失で無罪となった場合、検察官の措置通報(精神保健福祉法25条)がなされることになっていました。心神喪失無罪の場合以外にも執行猶予や不起訴の場合を含みますが、医療観察法成立前の平成12年の資料を参考にすると、全部で820件の通報がありそのうち625例(約75%)について措置診察(精神保健福祉法27条)がなされ、464例(約55%)が措置入院となったとされています(平成13年度厚生科学研究、「措置入院のあり方に関する研究」)。しかし、心神喪失を理由に不起訴処分とされる者の数は年間概ね350人程度であるのに対して心神喪失を理由に無罪判決を受ける者は1名程度である(犯罪白書平成14年版によると340人対1人、平成18年版では370人対1人)ので、25条通報の大部分は不起訴処分になった人であり、無罪となった人は25条通報の対象者として大きな割合ではありません。また、無罪となるまでには刑事裁判に相当の期間がかかるので、自傷他害のおそれが消褪している可能性も高いので、通報されても措置診察が不要であったり、診察の結果措置不要とされることも十分に想定されます。このように見ると、医療観察法ができる前は、心神喪失で無罪となった人について措置入院が認められる場合はほとんどなかったと言ってよいでしょう。
  そもそも、心神喪失のために刑事責任を問えないということは、犯罪行為があったことが事実であるとしても、そのことについて本人を非難することができないということです。戦前の軍刑法には尽くすべきを尽くしたと言っても刑罰を免れることはできないという規定があったそうですが、近代刑法は人に不可能を強いるものではないので、精神障害のために是非の判断ができなくなっていたり、その判断に従って自分の行動をコントロールすることができなかった場合にまで、結果の責任を問うことはできないとしているわけです。そして責任を問うことができないということは、本人の意思に反して不利益や負担を課してはならないということを意味しています。ですから、本来からすればある犯罪行為について心神喪失を理由に無罪判決を受けた人に対して、犯罪行為を行ったことを理由に本人の意思に反して不利益や負担を課すことは近代刑法の責任主義を掘り崩すことになり、また、不可能なことを成し遂げなかったことを責め立てるという過酷で不合理な法的対応を作り出すことになってしまいます。
  措置入院は、医療付与の措置という面ではいちおう「利益」(精神医療における「治療」が単純に利益と言えるほど良質で有効性の保障されたものではないことも注意が必要です)としての側面を認めることができるかもしれませんが、強制的に閉鎖的な施設に収容されるという面では、自己決定権や人身の自由の剥奪や制限という側面を持つことを認めなければなりません。そうしたことからすると、心神喪失によって無罪判決を受けた人に実際上措置入院が行われる場合がほとんどないということはむしろ正しい運用といってよいのではないかと思います。
  仮に医療が必要であれば、純粋に疾患を治療するという観点のみから通院や任意入院を行うという方法が原則的に考えられるべきで、少なくとも犯罪行為があったことを理由に強制的に入院させることは、結局、精神医療を刑罰の代用とし、精神科病院を刑務所の代用にすることになりかねません。
  以上に対して、医療観察法では、特定の犯罪行為が行われた事実や本来は要件とすべきではない同様の行為を行なう可能性などを理由として閉鎖的な施設への強制収容を認めようとしているので、かつての無罪判決を受けた人の取り扱いとは異なっていますし、また、医療観察法の下でも、医療観察法が対象行為としている6罪種以外の犯罪行為を行った人と対象行為を行った人とで、疾病そのものの上では違いがないのに、取り扱いが異なっている点で大きな問題を残しています。

池原毅和(弁護士)
2007年7月


Q5.この法律ができたのは、精神障害者の犯罪発生率が高いからですか?
 また、精神障害者の再犯率は高いのですか?

Answer 5.
 犯罪白書によると、年間の精神障害者の犯罪検挙数は全検挙数の約0.6%であるとされています。精神障害者の数が全人口の約2%であることからすると、精神障害者の犯罪率はむしろ一般より低いといえます。しかもこの統計は、精神障害者に加えて、警察が「精神障害の疑いがある」と判断した数も含めていますから、実際にはもっと少ないかもしれません。
 精神障害者の犯罪は殺人・放火などでは高率であるといわれますが、その被害者は近親者が多く、他の犯罪と同列にその社会的危険性を論ずることはできません。
 医療観察法が目的とするところは、殺人・放火などの重罪を犯した精神障害者の再犯の予防です。それでは、こうした犯罪における精神障害者の再犯率はほんとうに高いのでしょうか。
 殺人および放火を犯した精神障害者について、初犯後11年間における再犯の実態を調査した報告によると、その再犯率はおのおの6.8%と9.4%でした。ところがこれと比較すべく調べた一般犯罪者の同じ期間における再犯率はおのおの28.0%、34.6%と精神障害者の4倍に近い再犯率を示していました。
 さらに、精神障害者と一般犯罪者の施設収容の処遇経過について比較しますと、殺人犯では11年後も収容継続していた者は、一般犯罪者5.6%に対して精神障害者は23%、放火犯では、一般犯罪者0.5%に対して精神障害者では23%であったといいます。つまり、精神障害者は医療観察法ができるまでもなく、現在すでに充分保安処分的に隔離収容されてきているといえます。

渡邊哲雄(精神科医)
2007年7月

 

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