医療観察法.NET

精神医療人権センターの立場から

医療観察法への意見

山本深雪・上坂 紗絵子
NPO大阪精神医療人権センター 事務局
2007年1月

はじめに

これまで幾度となく指摘してきたようにこの法律が必要であるという根拠はどこにもありません。(2006/11/11NPO大阪精神医療人権センター設立21周年の集いレジメ・資料 参照)多数の当事者、家族、弁護士、医療従事者、精神保健福祉従事者、市民がその理由を示し、反対をしました。その反対意見への明確な答えもないままにこの法律は成立したのです。

手元にある法務省保護局作成の「医療観察制度のしおり」を見ながら、「近くにある課題のはずなのに、遠くに感じる事態になってしまっている」と深いため息が出ます。私達が日常的にかかわりを持っている一般の精神科医療とは、なんら違いのない精神科医療が提供されるはずであるのに、法律が違うだけでとても縁遠いものに思えることが、この法律がかかえている大きな問題なのではないでしょうか?

これまで私たち大阪精神医療人権センター(以下「人権センター」)が病院訪問や面会活動の中で会ってきた方の中には、家族に刃をむけてしまった人もおられます。事件に至る経緯や現在の本人の気持ちなどを聞いてきました。人によっては「事件をおこした以上、一生ここで懺悔の時間を送るしかない」とあきらめに近い感情を口にする方もおられました。一方で「なぜ、あんなことをしたのか、経緯について法廷で語りたい。裁判をやってもらえないでしょうか」と訴える方もおられました。いずれの人たちも、「いつまでこの状態でいなければいけないのかよくわからない。ずっと抱える重い課題ではあるけれど、ここで一生いることが自分の歩く道なのか・・・」と長期に渡る閉鎖処遇への不安を口にされました。今でも、措置入院、医療保護入院、任意入院で病棟にいる方や、病棟の上階にある施設(援護寮)で暮らしている方もおられます。長期在院か、退院ができたとしても病院敷地内にある施設に暮らしておられ、地域へ帰ることはかなっていません。

病状から何かトラブルが起こると、近隣や親戚との関係が途絶えたり、悪くなってしまうことがよくあります。その背景には、精神疾患への無知と無関心があります。分からなさからくる不安や恐怖が「どこか遠くへ行って」との絶縁と隔離を求める気持ちをもたらすのではないでしょうか。

精神疾患についての教育やふれあう機会の不十分さ、精神科病院や精神科診療所で提供されている医療がどのようなものなのか知られていないこと、地域で暮らしている精神障害者と交流し、その言葉に耳を傾けることの少なさ。精神障害者が地域で暮らすために社会で使える資源(窓口、情報、人、場、施策、予算)の少なさ、警察や拘置所や刑務所での医療が保障されていないこと。そして、精神医療現場での人手(医師、看護師、心理職、ソーシャルワーカーなど)の圧倒的な少なさ等、これまで私たちが主張してきた課題は、20年の時間は流れたものの、どれ一つとして評価に値するような充分な予算も含めた施策には至っていません。そして医療観察法にだけ、年間150億円という膨大な予算がついています。このアンバランスは、法律自体が精神障害者に対する差別偏見を助長したことを顕著に物語っています。

何が問題か、最近の流れ

法律が成立する前の反対運動の中で、「精神医療、精神保健福祉の施策、権利擁護施策の不十分さこそが問題であり、そこに手厚い人員等をかけるべきである」と私たちは主張してきました。その主張を受け、医療観察法附則第3条では、「精神医療全般の水準の向上」「精神保健福祉全般の水準の向上」が文言上、入っています。

しかし、実際の精神医療や精神保健福祉については、医療観察法施行前後にかけての診療報酬改訂や障害者自立支援法により以前に増して、地域での暮らしにくさをつくりだしていることは各種新聞や予算の配分を見ても明らかです。

2003年には「社会的入院の解消について」を議題とし、72000人という目標数値が掲げられました。しかし2006年には厚生労働省は「退院支援施設」の構想を出してきました。病棟の看板を「退院支援施設」に替えることで精神科ベッドの統計数値だけを減らそうとする案です。果たして何が変わるのでしょうか。退院にむけた人手が手厚くなるのでもなく、これまで病棟にいたスタッフが看護師から「生活支援員(無資格でも可)」が利用者6人に1人でよくなるという人員削減策でもあるのです。そのような施設に住むことで「退院して、地域(街)で暮らしている」という実感は持てません。地域のお店に買い物に行って、いろんな人たちとふれあい、はじめて退院して社会で生活しているという実感がうまれてくるのです。現在でも病院敷地内にある援護寮やグループホームの入居者から人権センターの窓口には「退院したいです」という声が届いています。本人に地域での生活の実感がないまま、それを「退院」とみなし、人手や予算はかけずに、統計上の数字でのみ社会的入院は解消されたことにしようとしているとしか考えられません。困った時に相談できる窓口や人手など、精神障害をもちながら地域で暮らしていくための支援が充実するのとは全く逆の動きが起っているのです。

医療観察法においては指定入院医療機関を造るだけでも相当なお金がかかり、しかも入院中、通院中にも手厚いスタッフ体制があり、運用にもかなりのお金がかけられるようです。そうではなく、本来必要とされている退院支援事業や地域の暮らしを支える人手にお金をかけることができれば精神医療、精神保健福祉が抱える多くの問題は解決されるはずなのです。

指定入院医療機関のハード面による偏見・差別の助長

医療観察法による指定入院医療機関の開設については各地で住民の反対運動が起こっているようです。その反対運動を解消するために、監視カメラ、高い塀などを設置し、厳重な体制を住民にみせることにより住民感情を納得させようとしていることが新聞等で報道されています。

人権センターがこれまで大阪府下の精神科病院を訪問し、病院側に伝え続けてきていることのひとつに「鉄格子は外すべき」ということがあります。鉄格子は入院患者に圧迫感と屈辱感を与え、隔離と収容を象徴して偏見を助長してきたからです。医療観察法の指定通院医療機関の厳重な警備体制は、鉄格子と同じように、精神障害者への偏見を助長するものだと言えます。

法律の運用の中から生まれる偏見

精神科病院では医師、看護師についても他科より低い基準が認められている問題自体を解決しないまま、医療観察法の指定入院医療機関では全室が個室で、手厚いスタッフの体制が確保されています。一人一人の患者さんへのコメディカル(福祉や心理の専門家)の支援が大変厚くなるとも言われています。手厚いスタッフの体制は医療観察法における精神医療に限って必要なことではなく、精神科医療全般においても問われており、今まで実現されてこなかったことが問題なのです。

そして医療観察法におけるサポートの厚さは、指定入院医療機関を退院した後も、常にまわりから「何かを起こしてはいけない」という管理の目で見られていることになるとも言えます。医療観察法の医療機関の専門職だけではなく、通うことになった作業所の職員にも「観察法の患者」という見方をされることになり、利用を敬遠されることも出てくるのではないでしょうか?また、利用できたとしても医療観察法による通所をしている患者さんが、例えば作業所内トラブルを起こした時に、他の利用者の時と同じ対応で済むのでしょうか?退院して地域に戻ってからもずっと、一度張られた「観察法の患者」という見方をされ続けることになるのではないかと危惧します。

上記からもこの法律自体をなくし、精神医療と障害者福祉全体に本来必要な人員と予算をかけるべきだということが明らかです。しかしこの法律はたくさんの問題をかかえながらも動き出しています。既にこの法律の対象者となっている人もいます。廃止されるときまで、この法律の対象者となった人の人権(権利擁護)について無視・放置するわけにはいきません。

指定入院医療機関の処遇改善請求の苦情窓口

しおり(法律)には「入院患者、保護者は、(地方厚生局長を経由して)厚生労働大臣に対し、指定入院医療機関の管理者に処遇改善の命令をすることを求めることができる。この請求の内容は社会保障審議会が審査し、厚生労働大臣に通知する。」とあります。

人権センターには精神科病院に入院中の患者さんから「食事がおいしくない」「寒いので毛布がほしい」「薬の説明が聞きたい」「スタッフの言葉遣いがきつい」「スタッフの暴言がある」「スタッフに無視される」「ゆっくりと入浴したい」「誰とも安心して話ができない」「退院の目処や今後の計画がわからない」との声が多く寄せられます。そして「苦情を言うことでスタッフから目をつけられたくないため、病院には人権センターに電話をしたことが分からないようにして欲しい」「入院中は電話ができなかったので退院してからかけました」との声も届きます。また、精神医療審査会については病院に知られることを前提に申し立てをする必要があり、人権センターに電話をかけるよりもさらにハードルが高くなります。そして年間の処遇改善請求が0件の都道府県も存在します。一般の精神科病院であってもこのような状態であるのに、ましてや地域から隔絶され、全員が強制入院の指定入院医療機関においては、さらに処遇改善の請求はしにくいのではないでしょうか。

アメリカの司法精神科病棟には第三者の患者の権利擁護者(アドボケイト)が常駐しています。入院患者とスタッフという対等ではない関係、そして日々病棟で顔をあわせる関係の中では言いにくい意見、不満があります。そのような患者の意見を拾うための1つの方法として意見箱の設置や、処遇改善の請求のサポートをする人員、常駐の権利擁護者(アドボケイト)を確保し、第三者が病棟で患者の声を聞くという機会を保障すべきです。

鑑定入院期間中の苦情申立、改善請求の窓口

指定入院医療機関での処遇については処遇改善請求の窓口も含め、上記に述べたとおり不十分さはありますが、法律や省令で定められています。しかし鑑定入院期間中の処遇については何の定めもありません。少なくとも精神保健福祉法に定められている処遇改善請求の窓口の保障や、そしてその請求をするためのサポートが必要です。

指定通院医療機関に通院中の苦情申立、改善請求の窓口

人権センターには、地域にある診療所に通院中の患者さんからも、診療所職員との関係で「無視をされた」「説明がない」等の声が寄せられます。医療観察法における指定通院医療機関に通院する場合には、入院中と同様、患者さんは自分の意思と関係なく、定められた通院先、定められた医師による治療を受けなくてはなりません。医療を選べない立場に置かれた患者さんには、苦情の申し立てや処遇改善を請求する為の窓口が保障されるべきです。

手厚い人手で、管理がきつくなっている

厚生労働省のマニュアルでは、全ての筆記具は病室などで患者さんの手元に置くことができず、必要な時は詰所に申し出て貸し出されることになっていると聞きます。個別の状態にあった対応をすべきではないでしょうか。

人権センターに届く手紙には、病院での処遇や療養環境についての苦情だけではなく、日々感じること、思うことをエッセイ風に書いて送って下さる方もあります。また、訪問時に出会った患者さんが日々の思いを書き連ねたノートなどを見せて下さることもあります。思いを書くということは、人として基本的な欲求ではないでしょうか。私たちの体験では、そうした行為の中で自分の感情を見つめなおし整理していく方が多くいらっしゃいるように思います。私たちもそうした中の1人です。筆記具を使うために、詰所に申し出て貸し出すというのは、入院患者にとっては書く自由を奪われているに等しいと言えます。

何よりも、社会で精神障害を抱えながら暮らせる環境づくりが問われる

はじめにで書いた課題の解決ぬきに、医療観察法1条の目的にも掲げられた「社会復帰の促進」は絵に書いた餅です。時間がたつにつれ対象者は増えることも予測されます。地域社会に暮らす人たちが、自分たち自身の課題として考えることが問われています。

 

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