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医療観察法の理念の実現のため地域精神医療及び福祉の充実を求める決議
〜医療観察法を保安処分にしないために〜

1 「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察に関する法律」(以下、「医療観察法」という。)は、2003年7月16日に公布され、2005年7月に施行された。

2 医療観察法は、その制定経緯を見ると、「再犯のおそれ」(「再び対象行為を行うおそれ」)を要件として強制入院を決定するという点で、改正刑法草案における「将来再び禁固以上の刑にあたる行為をするおそれ」を要件とした保安処分と同じであるなどの批判が加えられた。その結果、医療観察法は、「精神障害により心神喪失または心神耗弱の状態で重大な他害行為を行った者に対して、それらの行為を行った際の精神障害を改善するために医療を受けさせ、その結果、社会復帰を促進させること」を目的とするとされ、また、「この法律による処遇に携わる者は、・・・心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者が円滑に社会復帰をすることができるように努めなければならない。」と定められた。 このように、医療観察法は、最新の司法精神医学の知見を踏まえた専門的な医療を加えるのみならず、社会資源を充実・活用させることにより、対象者の社会復帰を実現することを理念として制定されたものである。

3 しかしながら、医療観察法が施行されて2年を迎えようとしているが、精神医療及び精神障害者福祉の水準が向上されているとは言い難い。その結果、地域における適切な通院機関や受け入れ先等社会資源が不十分なため、病状が軽く本来であれば通院で足りるケースであるにもかかわらず入院決定がなされているケースや、病状が改善して退院が相当であるにもかかわらず、継続的通院を確保しうるだけの社会資源が整っていないため入院期間が長期に及ぶことが予想されるケース等が見受けられる。このような状況が継続すれば、医療観察法が実質上保安処分として運用されるおそれが大きい。

4 したがって、当連合会は、国及び地方公共団体に対し、この法律が保安処分として運用されることがないように、下記の事項を求める次第である。

(1) いつでも、どこでも受診できる精神医療機関を整備し、地域社会に根ざし、生活の場に直結した精神医療を行うこと

(2) 地域と医療のネットワークの構築を行うことなどにより、精神障害者の抱える問題の早期発見・早期解決につなげること

(3) 早急に指定通院医療機関の設置の充実を図ること

(4) 適正な精神医療水準が確保されるように人的・物的体制を確立すること

(5) 帰住先のない者の受け入れ先の確保や、医療費や通院費の補助、所得保障などの経済的支援等、精神障害者福祉の一層の充実を図ること 以上、決議する。

2007(平成19)年7月6日 東北弁護会連合会

 

 

提案理由

1 「心神喪失等の状態で、重大な他害行為を行った者の医療及び観察に関する法律J(以下、「医療観察法」という。)は、2003年7月16日に公布され、2005年7月に施行された。

2 医療観察法は、その制定経緯を見ると、「再犯のおそれ」(「再び対象行為を行うおそれ」)を要件として強制入院を決定するという点で、改正刑法草案における「将来再び禁固以上の刑にあたる行為をするおそれ」を要件とした保安処分と同じである、そもそも「再犯のおそれ」は予測不可能であるなどの批判が加えられた。その結果、医療観察法は、「精神障害により心神喪失または心神耗弱の状態で重大な他害行為を行った者に対して、それらの行為を行った際の精神障害を改善するために医療を受けさせ、その結果、社会復帰を促進させること」を目的するとされ(同法第1条第1項)、また、「この法律による処遇に携わる者は、・・・心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者が円滑に社会復帰をすることができるように努めなければならない。」と定められた(同条第2項)。とのように、医療観察法は、最新の司法精神医学の知見を踏まえた専門的な医療を加えるのみならず、関係機関が連携を取り合って、社会資源を充実・活用させることにより、対象者の社会復帰を実現することを理念として制定されたものである。

3 しかしながら、医療観察法が施行されて2年を迎えようとしているが、精神医療及び精神障害者福祉の水準が向上されているとは言い難い。とりわけ、医療観察法が予定する指定医療機関の整備すら遅れているという問題点が指摘されている。すなわち、対象者の社会復帰を促進するためには各地域に指定通院医療機関があるべきであるにもかかわらず、指定通院医療機関についてもその設置が遅れている。指定通院医療機関は東北六県で31箇所(青森県4箇所、場手県5箇所、宮城県8箇所、秋田県3箇所、山形県6箇所、福島県5箇所)のみであり、到底十分とは言えない。

4 このように指定通院機関の整備や、精神障害者福祉の整備が遅れている結果、地域における適切な通院機関や受け入れ先等社会資源が不十分なため、病状が軽く木来であれば通院で足りるケースであるにもかかわらず入院決定がなされているケースや、病状が改善して退院が相当であるにもかかわらず、継続的通院を確保しうるだけの社会資源が整っていないことから受け入れ先等が確保できず、入院期間が長期に及ぶことが予想されるケース等が見受けられるが、この状況を放置すると、医療観察法が本来の理念から離れて、保安処分として運用されるおそれが極めて大きい。 すなわち、病状が相当程度改善されているにもかかわらず、居住地から速く離れた指定通院機関への通院を確保しうるだけの社会資源、が整っていないために、退院させても病状が再度悪化し、再び重大な他害行為を起こすおそれ無しとは言えないとの理由で、不当な入院決定がなされたり、退院できずに長期間入院を強いられることになれば、それは、「再犯のおそれ」を理由に保安上の必要性から予防的に拘禁するという保安処分に他ならない。

5 その他にも医療観察法に対しては、対象者の身柄拘束が不当に長期に及んでいること、鑑定入院中の医療及び処遇に関する法的根拠が欠如していること、補償制度の不備、通院のための費用が対象者負担となるなどの問題点が指摘されており、早期に見直しをする必要があることは確かであるが、まずは精神障害者を取り巻く環境の整備が最優先されるべきである。とれまで、日本弁護士連合会は、1974年発表の「『改正刑法草案』に対する意見書」において、保安処分の新設に反対し、時として起こる不幸な事件を防ぐためにも「精神障害者に対しては、何よりもまず医療を先行させるべきである」と主張して以来、精神障害と犯罪をめぐる問題について医療優先の改善策がとられるべきであることを一貫した基本方針としてきた。これは医療観察法が施行された後も変わるものではなく、精神障害者の杜会復帰を促進するため、今こそ精神医療及び精神障害者福祉の充実が求められるものである。

6 したがって、この法律を保安処分として運用させることなく、この法律の本来の理念である対象者の社会復帰を促進させるためには、国及び地方公共団体には以下の点について必要な施策をとることが求められる。

(1) 精神障害者が社会復帰するためには、いつでも、どこでも受診できる精神医療機関を整備し、地域社会に根ざし、生活の場に直結した精神医療を行うことが必要である。 精神障害者は、その病態や経済的困難性から、遠方の病院に通院することはもちろん、自己の生活圏から離れて行動することが困難な場合がしばしばあり、病状が悪化しつつあるにもかかわらず、SOSを出せないまま必要な医療を受けられずに病状が進行するおそれがある。これを防止するためには、いつでも、どこでも受診できる精神医療機関を整備し、地域社会に根ざし、生活の場に直結した精神医療を行うこと、迅速かつ適切な医療を受ける環境を整えることが必要である。

(2) 地域と医療のネットワークの構築を行うことなどにより、精神障害者の抱える問題の早期発見・早期解決につなげることが必要である。特に、在宅医療ネットワークの構築は急務である。 精神障害は、身体疾患に比べて病識を持ちづらいことをその特徴としているため、患者自身が早期に自発的に医療を受けることが困難であり、結果、必要な医療を受けられないまま病状が悪化することがしばしば見られる。これを防止するためには、家族や民生委員・保健所等地域支援者が、いち早く患者のSOSを察知し、医療機関にリンクさせて必要な医療を早期に受けることができるような体制作りが必要である。現在、認知症高齢者については、在宅医療ネットワークが構築されているが、同様の制度を精神障害一般のために構築することが急務である。

(3) 早急に指定通院医療機関の設置の充実を図る必要がある。 医療観察法は、通院命令を受けた者についてはもちろん、入院命令を受けた者についても退院後には、社会復帰を促進するためには指定通院医療機関への通院を経て、処遇を終了させることを予定している。 しかしながら、指定通院医療機関が、対象者の居住地から遠く離れていると、対象者が指定通院医療機関に通院することが、その病態や経済的困難性から困難となり、結果、通院が確保されないまま再入院と退院を繰り返すおそれすらある。 これでは、医療観察法の理念である対象者の社会復帰の促進は画餅に帰すことになるから、指定通院医療機関の充実を図り、また、いつでも、どこでも受診できる精神医療機関・システムを整備することは急務である。

(4) 適正な精神医療水準が確保されるように人的・物的体制を確立することが必要がある。 医療観察法は、医療法としての性質上、対象者の社会復帰を促進するために、高度な水準を確保した医療を受けさせて、その病状を改善させることを本務とすることは当然であるが、そのためには、適正な精神医療水準が確保されるように人的・物的体制を確立することが必要不可欠である。これは、単に指定医療機関のみについてこのような体制を確立すれば足りるというものではなく、対象者が通常利用する地域医療においても、適正な精神医療水準が確保されるために人的・物的体制を確立することが必要である。 医療観察法の附則第3条においても、「政府は、この法律の目的を達成するため、指定医療機関における医療が、最新の司法精神医学の知見を踏まえた専門的なものとなるよう、その水準の向上に努めるものとする。」(同条第1項)とするのみならず、「政府は、この法律による医療の対象とならない精神障害者に関しても、この法律による専門的な医療の水準を勘案し、個々の精神障害者の特性に応じ必要かつ適切な医療が行われるよう、精神病床の人員配置基準を見直し病床の機能分化等を図るとともに、急'性期や重度の障害に対応した病床を整備することにより、精神医療全般の水準の向上を図るものとする。」(同条第2項)と定めている。

(5) 精神障害者が社会に復帰する際の受け入れ先が確保される必要があるほか、社会に復帰した後の生活が保障されるべきであり、医療費や通院費用の助成、所得保障などの経済的支援等、精神障害者福祉の一層の充実が図られる必要がある。 対象者が、強制入院することなく、社会内での医療を受けて、社会復帰を促進していくためには、対象者個人の努力のみならず、居住地や就労先の確保、経済的支援等、精神障害者福祉を充実させる必要がある。ことに、本法における対象行為は、殺人・傷害の被害者が対象者の家族であったり、自宅への放火であることが多いとの指摘がされていることからすれば、家族が対象者の受入先となることは不可能ないし困難であるケースが多いことが想定され、対象者の受け入れ先として、公営住宅や公営グループホームなどの設置は急務である。 また、精神障害は病状の悪化を防ぐために、継続的に医療を続けることが必要であること、身体障害に比べても稼得能力の喪失の度合いが大きく、所得保障の必要性が大きいことから、医療費や通院費用の助成や年金等公的給付による所得保障が必要不可欠である。このような社会資源が貧弱であれば、それを理由として、病状が相当程度改善しているにもかかわらず、「社会復帰を促進するため」として入院命令がなされたり、長期間の入院を強いられるおそれが大きいことは先述のとおりである。 なお、医療観察法の附則第3条第3項においても、「政府は、この法律による医療の必要性の有無にかかわらず、精神障害者の地域生活の支援のため、精神障害者社会復帰施設の充実等精神保健福祉全般の水準の向上を図るものとする。」としている。

(6) 地域社会における処遇が円滑かつ効果的に行われるためには、これを担う医療機関、精神保健福祉センター、市町村等精神保健福祉関係の諸機関が相互に連携協力して取り組むことが極めて重要であることは明らかであり、各機関の連携の充実を推進することが必要である。 精神障害者の医療及び福祉については、すでに精神保健及び精神障害者福祉に関する法律、障害者自立支援法において、医療機関や国及び地方公共団体の取るべき処置、施策について定められているが、これら社会資源が相互に補完しながら有機的に結合してはじめて対象者の社会復帰が促進されるものであるから、適切な時期におけるケア会議の実施等により関係各機関の連携の充実を推進することが必要である。

7 以上のことから、本決議に至る。以上

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