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『心神喪失者等医療観察法を考える』
(第4回 日本臨床心理学会関東委員会報告)2

出典 臨床心理学研究44巻2号,2006.9


1 <発 題>    心神喪失等医療観察法を社会(史/学)的視点から読む 山岸竜治

2 <指定討論>   心神喪失者等医療観察法を廃止へ 山本眞理
3 <フリートーク報告> 目加田敏浩

<指定討論>

心神喪失者等医療観察法を廃止へ
−「精神病」者の立場から−

                    

山本眞理(全国「精神病」者集団)

はじめに

まず医療観察法の指定入院施設というのはどういう建物かご覧いただきたいと思います。二重のフェンス、その間には監視カメラ、振動センサーつきという物々しいものです。この建物のあり方だけでいかに精神障害者は危険かという宣伝となっています。施設建設のための説明会でも、「これだけ厳重に監視します」という説明をしているのですから、説明会そのものが精神障害者差別をあおる全国キャラバンといっていいと考えます。

花巻病院の施設写真は宮城PSW協会のサイトに掲載中です。ぜひ一度ご覧ください。

 心神喪失者医療観察法とは精神障害者のみを差別的に予防拘禁する保安処分にほかなりません。

 保安処分とは、犯罪の原因を挙げて個人の「資質」「人格」にもとめ、個人に対して強制医療を行い、その「人格」や「資質」の強制的に矯正しようとする制度です。その意味では心神喪失者等医療観察法のみならず、精神保健福祉法もまた保安処分として機能しているといえます。

 言い方を変えれば、刑罰が「行為」を問題にして「罪を憎んで人を憎まず」であるのに対して保安処分は「行為者」を問題として「罪を憎んで人をも憎む」といえます。

 

1 医療観察法以前にまず日本の精神医療の実態

 日本は人口比でも実数での世界一精神障害者を隔離拘禁している国です。

 グラフの数字は少し古い数字ではありますが、この実態が大きく変化する兆しは見えません。政府も医療的には退院可能であるが、社会的理由で退院できない人の存在を認め7万5千人と推計しています。しかも政府は地域で受け皿を作り退院促進を進めるというよりは、その方たちを単に院内の施設に移動させることを持って「退院」と使用とすらしているのです。これでは隔離収容の実態はなんら変わりません。


こんなに閉じ込められている「精神病」者精神科病床数の推移

2 精神保健体制からの要望としての医療観察法

 上記述べたようになんら立法事実がないのですが、この法律が生まれてきた背景には単に治安強化を権力が狙ったなどというものでないことが問題を複雑にしています。

 1994年岩手県の県立北陽病院から逃亡した措置入院患者が、横浜で警視を殺害した事件において、被害者遺族に対して億単位の賠償金を認めた判決が出ました。この判決は多くの精神保健関係者とりわけ私立精神病院経営者に影響を与え、「触法精神障害者」をどこかよそへ、国公立で見てほしい、そのための特別立法をという声が高まりました。また地域で精神障害者支援を行う団体からも「触法精神障害者が脱施設地域支援の足を引っ張っている。触法は刑法へ」という発言が出てきました。

 家族会からも保護者として賠償責任を問われるケースへのおびえからか、「触法精神障害者対策」の必要性を訴える声が出てきた。

 そうした中で元法務大臣保岡興治の2000年から私的勉強会が始まり、そこには日精協(私立精神病院経営者団体)の医師のみならず、精神保健改革派といわれている大熊由紀子氏,全家連の滝沢氏が参加し、その勉強会が2000年12月の厚生省(当時)と法務省の「触法精神障害者対策」の合同検討会発足として結実しました。

 80年代の刑法改悪=保安処分新設とは変わって、むしろ精神保健従事者からの「精神保健体制改革」の一環として「触法精神障害者対策」が要望されてきたといういきさつがあります。

 

3 精神障害者の違法行為や犯罪がなぜ問題にされるのか

 精神障害者の犯罪ないしは違法行為が急激に増えているとかあるいは明らかに再犯が多いという証拠はありません。むしろ一般の人の再犯率のほうが高いあるいは犯罪率が高いという統計はあります。また犯罪一般が増えているわけではない、ということも明らかです。これは元法務省の官僚で犯罪白書を編集していた現龍谷大学教授の浜中さんの講演のグラフです。

 

犯罪は増えているか?

殺人の認知件数

 たとえば2001年に明らかになった新潟の少女監禁事件では大々的な報道がなされました。犯人は精神障害者であるとのことでしたが、彼は一般の人と同じように裁かれています。

 

新潟少女監禁事件報道

ところが精神障害者が同じように逮捕監禁されていた事件については読売新聞の地方版が報じただけでした。

ポチと呼ばれていた男性

同じく10年ほど犬のように紐でつながれていたというのに、これに対しては誰一人犯人がつかまっていないし事件にもされていないのです。

 精神障害者が加害者のときは大々的な報道がされ、被害者のときはそもそも事件とすらされず報道もこの程度という差別があるのが現実です。

病院不祥事

 再犯ということを問題にするなら資料7をご覧ください。精神病院で入院患者が暴行殺害された事件の一覧です。69年の安田病院、80年、97年の大和川病院は同一の経営者による精神病院です。すなわち再犯が行われているのです。

 さらに「刑事手続きと精神障害者・医療観察法手続き」にあるように、刑事司法手続きと精神保健福祉法はリンクしており、刑事司法手続きから外される(心神喪失等の理由で)ことが即自由放免ではないことは意外と知られていません。精神障害者の場合満期出獄したとしても措置入院で強制収容されることもままあります。措置入院がかりに解除されても行き場がないため長期に精神病院に収容されているものは多く、同じ犯罪をした健常者が受ける刑罰以上の隔離拘禁がしばしば行われているのです。

刑事手続きと精神障害者

医療観察法手続き

「触法精神障害者問題」という問題の立て方そのものが差別としかいえないと私は考えます。この法律の元となった法務省厚生労働省の触法精神障害者対策をめぐる合同検討会においても法務省は自ら、精神障害者の犯罪は増えていないし再犯も多くないこと、そして再犯予測は困難であることを明らかにしています。

 本来問題にされなければならないのは、第一に刑事司法手続きの問題であり第二には精神保健体制総体の問題点です。

 刑事司法手続きについて言えば、障害者に限らず、権利としての保釈が認められていない、取調べに弁護士の立会いが認められない、未決で10年以上などという国際的な人権水準からいって考えられない体制がまかり通っています。

障害者の場合は接見禁止が乱発されて日常的に付き合っているものと面会できないために弁護士とすらコミュニケーションが取れないあるいは一方的取調べの中で自白がでっち上げられる、という冤罪は後がたちません。つい最近でも宇都宮で知的障害者がでっち上げられた事件が明らかになっています。

獄中医療の問題点も名古屋刑務所事件を通して暴露されており、獄中の不審死をめぐる分析ではその多くが適切な治療を受けられないままに死亡にいたっていることそしてその多くが精神障害者であることが暴露されています。

まずこうした刑事司法手続きおよび獄中処遇の抜本的な見直しこそが必要です。

 一方日本の精神保健体制の問題点はすでに述べたとおりです。

 心神喪失者等医療観察法はこの二つの問題をなんら解決することなく、屋上屋を架して精神障害者の隔離拘禁と監視を行うものに他ならないのです。

 

4 心神喪失者等医療観察法は精神障害者差別立法であり国家犯罪である 

あいまいな「再犯予測」をもって権力が人を拘禁すること自体も精神障害者差別にほかなりません。中島直医師の計算例(非常に犯罪率が高い母集団を設定しさらにほとんどありえないほど正確な予測テストを仮定した上ですら拘禁されたものの9割以上が実際には再犯しない人となる 注1参照)を見るまでもなく、できもしない「予測」で人を拘禁すれば、とてつもない人権侵害しかも隔離によって見えなくなってしまう人権侵害を招きます。もちろん一切間違いのない予測が可能だとしても「再犯の恐れ」で人を拘禁する予防拘禁法はあってはならないし、それを精神障害者にのみ押し付けるのは差別としかいえません。

しかしこれは単に「触法精神障害者」だけに押し付けられる差別ではありません。すべての精神障害者に押し付けられる差別でもあるのです。

 医療観察法の審判においては「無罪推定」の刑事法廷とは異なり、対象者とされたものは「危険推定」であり「安全であることの証明」を迫られる構造となっています。一般の刑事法廷では(建前ではあれ)被告は無罪推定であり、検察側が有罪の立証に成功しなければ無罪という原則があります。ところが医療観察法の審判においては裁判官と審判員である精神科医に対して検察側は「危険であること」の立証責任はなく、対象者は「こうした地域資源を使い、こうした支援を使い、こういう生活をしていくから、だから安全である」という証明をすることを迫られます。拘禁よりは地域処遇をそして法不適応をと望むのであれば、付添い人の弁護士はこうした立証をせざるを得ないのが現実です。

 ここにおいてさまざまな地域資源(作業所、地域生活支援センター、グループホーム、通院する医療機関などなど)は対象者の「再犯防止」を任務として担わざるを得ないことになるのです。

 これこそがこの法律の最大の精神障害者差別です。

 一般の人は「安全」という証明をしなくても、街で暮らすことが許されるというのに、精神障害者は「安全」と証明しなければ街で暮らすことが許されないということなのです。医療観察法施行前であってもたとえばグループホームを作ろうとしたら近隣住民の反対運動に直面し、「ご迷惑をかけません、ここを使う人たちは安全です」といわざるを得ない現実があります。もちろん本来こんな弁解をする必要はないのではありますが、折り合いのためには言わざるを得ないことは多くの方々意見しておられるでしょう。もちろん精神病院からの退院患者のためにアパート探しをしている精神病院スタッフも同様の経験をしているでしょう。「ご迷惑はかけませんうちの病院で責任を持って支援しますから」などなどいわざるを得ない実態はあります。

 人は人間である以上、危険性も可能性もあって当然です。そして精神障害者以外はそのことがそのまま認められて誰もが街で暮らしているではありませんか。もちろん何らかの犯罪を行った前科があったとしても一般の人は安全の挙証責任まで求められません。私たちもまた人間である以上ほかの人と違った扱いをされるいわれはありません。

 医療観察法施設建設のためだけではなく、この安全の挙証責任を精神障害者のみに科すというこの法律そのものがあってはならない精神障害者差別立法です。

 

5 医療観察法下の障害者自立支援法で行われようとしていること

 医療観察法は現在本格施行を迎えようとしている障害者自立支援法にも大きくのしかかっています。

 政府はケアマネージメントの基本姿勢として、「中立・公平」を掲げています。

 介護保険統合への地ならしという障害者自立支援法の性格ゆえ介護保険のケアマネージメントの姿勢がそのまま引き写されたという事情があるにしても、この支援や相談、あるいは権利擁護は何かという根本の変換です。

 あるいは専門職の倫理の根底的な否定であるといってもいいでしょう。

 相談も支援も本来クライアントの利益を最優先して行われるべきものですが、専門職の唯一の根拠はそこにあるといわなければなりません。「公平・中立」であれということは、クライアントの利益以外の要素、社会の利益や家族の利益を相談支援の中に組み込むということであり、これはクライアントから言えば、弁護士を雇ったつもりだったのに、裁判官だったということです。相談支援ではなく裁きが待っているということです。さらに言えば医療観察法の下での社会のための精神保健体制、治安のための精神保健体制の全面化正当化といっていいでしょう。

 ましてや権利擁護が「公平・中立」などというのは形容矛盾でしかありません。

全体のイメージ

自立支援法ではスライドにあるように地域自立支援協議会というものが作られ、ここに相談支援その他地域のサービス提供側、そして利用者側の障害者団体が組織されることになっています。その要に相談支援機関が置かれます。この協議会が「中立・公平」を胸とするならば、それはすでに本人の利益ではない社会の利益のための相互監視のための組織にしかなりません。ちょうど医療観察法の地域処遇のケア会議地域処遇運営委員会と同じ形といっていいでしょう。

私たち全国「精神病」者集団は添付の声明を精従懇に送っていますが、団体として対応したところは今のところひとつもありません。この国の専門職はすでにその職の根拠も倫理も喪失しているといわざるを得ません(注2)。

日本臨床心理学会としてもぜひこの問題に取り組まれることを訴えます。

 

6 最後に

 現在の司法精神医学での「予測」は個人の危険性を予測する、という枠組みから、さまざまなリスク因子を持った集団の「リスク評価」へとパラダイム転換を図っています。リスクの高い集団に属しているかどうか、それを持って「リスク評価」をするという仕組みです。

 吉岡論文(注3)によれば、リスク因子としてあげられているのはサイコパス・チェック・リスト(PCL)での高得点、人格障害、初等教育不適応、逮捕歴、16歳未満で親と離別、父親の薬物使用、両親の喧嘩、年齢、男性、などが上げられています。初等教育不適応以下の因子は「治療」や本人の努力で変更不可能な因子ですし、父親の薬物使用や親との離別などは本人の責任ですらありません。

 そして注目すべきことは、統合失調症はむしろリスクを下げる因子とされていることです。

 だとすればこの法対象者の要件である「この法による医療を受けなければ再び同様の行為をする」という中の、「この法による医療」とは何をすることになるのでしょうか。

 統合失調症の治療でないことだけは確かでしょう。法案審議中に出された政府の回答でも、「怒りのマネージメント」あるいは「被害者への共感」などなど精神疾患の治療というよりは欧米の矯正施設内で行われている人格障害者への矯正治療を類推させるものが出てきています。

 今後医療観察法施設内での「医療」には精神疾患への治療というより、違法行為や反社会的行為とされる行為を行わせないように矯正することが中心となっていくことでしょう。そしてそもそも対象者の選択の目安もまた精神疾患というより「人格障害であるかないか」すなわちPCLが重視されることになっていくことでしょう。

 そうしたとき臨床心理士がこの方の中で中心的役割を担っていくことになるのは想像に難くありません。

 日本臨床心理学会としてこの法律に対して毅然とした態度をとることが今こそ求められているといっていいでしょう。会員多くの方の積極的な討論と学会としての見解と行動を求めます。

        

注1 メンタルヘルスはどこへ行くのか 岡崎伸郎編 批評社
   「いわゆる「触法精神障害者」問題はどこへ行くのか」より 中島直
■人口10万人そのうち1,000人に一人が殺人を犯すとする
 予測テストが非常に正確で95%の確立で予測できるとする
■人口10万人で 殺人をする人 100人 実はしない人99,900人
 テストで「殺人する」と出るのは、100人かける95% 95人
 99,900人かける5% 4,995人 合計  5,090人
■ テストで「殺人しない」と出る人
 100人かける5% 5人
 99,900人かける95% 94,905人
■ これで「殺人すると」予測された人5,090人を予防拘禁すると、なんとそのうち98%は「実は殺人をしない人」となる

 

注2 心神喪失者等医療観察法の廃止を改めて訴える  

私たち全国「精神病」者集団は結成以来刑法改悪=保安処分新設反対を課題のひとつとして、掲げ闘ってきた。精神衛生法そして精神保健法精神保健福祉法も「危険な精神障害者から社会を守る」という社会防衛の視点を持ち、治安を目的として運用されてきたが、医療観察法成立までは私たちは少なくとも「違法行為を行った精神障害者」への特別な法体制そして病棟病院新設を阻止し続けてきたのだ。

 私たちの刑法改悪保安処分新設反対の主な理由は以下であった。

1 医療は患者本人の利益のためにあるべきで、社会のため、治安のための道具となってはならない。特別な治安のための施設では本人の利益を目的とした医療は行われず、そこでは医療として成り立たない。
  2 精神障害者のみを「再び違法行為を行う」という理由で予防拘禁することは差別に他ならない。そうした法制度はさらに精神障害者差別を強化する。
 3 「再犯のおそれ」を持って予防拘禁することは、近代刑法の罪刑法定主義の否定であり、近代刑法の原則を踏みにじるものである。

 心神喪失者等医療観察法は刑法の改悪ではなく特別立法として成立したが、上記批判はそのまま当てはまるものであることは明白だ。「再犯防止」を目的に「再犯のおそれ」を要件として精神障害者を予防拘禁する、という保安処分の本質はなんら変わっていない。またこの「再犯のおそれ」の予測が不可能なことは多くの専門家の指摘しているところだ。医療観察法の下では、精神医療・保健・福祉全体に対して、「犯罪を予測し防止する」任務がかせられる。そして法の構造上、申し立てられた対象者は「安全であること」を証明しない限り法対象者となることになっていて、こうした差別はまた私たち「精神病」者全体にも押し付けられ、私たち「精神病」者に対しては常に「安全であること」を証明しなければ、街で暮らせないという差別がもたらされる。

 いま国連で障害者の人権を確立するために障害者権利条約が制定されようとしている。そこでは当然障害者への強制入院強制医療の禁止、一切の差別が許されない条約が来年にも国連総会で採択されようとしている。この条約下では精神保健福祉法もましてや心神喪失者等医療観察法も廃止されるべき運命にある。

 私たち全国「精神病」者集団は再度反保安処分を掲げ、一切の強制入院制度、強制医療制度に反対することを宣言すると共に、心神喪失者等医療観察法廃止を訴える。
2006年5月25日
■全国「精神病」者集団
  〒164-0011 東京都中野区中央2―39―3 絆社気付
  fax 03-3738-8815 電話03-5330-4170 (留守電の場合は以下携帯へ) 
  電話 080-1036-3685 (土日を除く14時から17時まで)

精神保健・福祉・医療専門職の一人一人に訴えますあらためて、患者・クライアント一人一人の個別の利益にこそ奉仕するという宣言を。

ケアマネージメントは「中立・公平」「家族あっての自立」という政府方針に抗議を。

1 心神喪失者等医療観察法という、精神障害者を差別的に予防拘禁し、地域においても管理監視する法律が施行されすでに半年あまりとなりました。

 医療観察法は精神障害者全体に「安全であることの証明」を迫り、その証明がなければ地域で生活させない、という精神障害者差別をあおる法律であり、国家による犯罪にほかなりません。

 心ある専門職の皆さんは、この国家犯罪の被害者である対象者を放置することはできない、という立場からこの法律運用に手を染めておられることとおもいます。

 私たちは、すべての専門職の皆さんに訴えます。

 医療観察法の対象者は国家犯罪の被害者であると位置づけられることを、そしてその被害を最小限に食い止め、患者・クライアントの利益に奉仕する専門職の倫理を再確認することを求めます。

 同時に医療観察法廃止に向け私たちと共に闘うことをうったえます。

2 医療観察法の地域処遇については、障害者自立支援法と精神保健法で規定されたさまざまな地域サービスが動員されていくことになります。すでに障害者自立支援法および国民健康保険法では、指定医療機関に対して「診療の指導に従わない場合」の通報義務が課せられようとしており、また地域での相談支援事業においては「中立・公平」に行なうべしとされています。

 精神保健指定医制度を通して精神科医が国家により管理されてきましたが、今度は指定医療機関制度をもって医療機関全体が行政の管理の下に置かれることになります。「医療拒否者を通報しなかった」という医療機関が非難されることになるのです。

 さらにクライアントの利益に奉仕すべき相談支援事業が、「中立・公平」な立場を強要されようとしています。

 家族のためでも社会のためでも治安のためでもなく、あくまで患者・クライアントのために働く専門職の倫理がいま根底から覆されようとしているのです。

 私たちは「指定医療機関の通報義務」および「中立・公平」という政府の立場の撤回に向け直ちに行動することを強く要請します。

資料  心神喪失者医療観察法の施行状況については以下
    http://nagano.dee.cc/billsiryo3.htm
    http://nagano.dee.cc/billsiryo4.htm

ケアマネージメントは「中立・公平」「家族あっての自立」という方針については以下参照
障害保健福祉関係主管課長会議資料(平成17年12月26日開催)の資料4−2の第1章「ケアマネイジメントとの基本」
2006年5月25日

  全国「精神病」者集団 

 

注3 動き出した「医療観察法」を検証する 岡崎伸郎・高木俊介編 批評
    「リスク評価パラダイムへの転換 司法精神医学と一般精神医学の包摂」 吉岡隆一

 

出典 臨床心理学研究44巻2号,2006.9


1 <発 題>    心神喪失等医療観察法を社会(史/学)的視点から読む 山岸竜治

2 <指定討論>   心神喪失者等医療観察法を廃止へ 山本眞理
3 <フリートーク報告> 目加田敏浩

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