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MENTAL HEALTH CARE LAW: TEN BASIC PRINCIPLES
精神保健ケアに関する法:基本10 原則


WHO 精神保健・依存症予防部門
Division of Mental Health and Prevention of Substance Abuse, World Health Organization.
GENEVA, 1996

木村朋子訳


目次
 1  精神保健の推進と精神障害の予防
 2  基本的精神保健ケアへのアクセス
 3  国際的に承認された原則に則った精神保健診断
 4  精神保健ケアにおける最小規制の原則
 5  自己決定
 6  自己決定の過程を援助される権利
 7  審査手続きの利用
 8  定期的審査のメカニズム
 9  有資格の決定者
 10 法の遵守

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前書
 このWHO 文書「基本10 原則」は、精神保健ケア法の基本となる10 原則をリストアップし、さらにその実施について注釈を加えたものである。近年、WHO は世界45 か国の精神保健法を比較、分析した。この資料はその分析に大きく依拠している。また、1991 年12 月に国連総会で採択された「精神病者の保護および精神保健ケアの改善のための原則(以下「国連原則」)」が主な内容となっている。
 この「基本10 原則」は、主要な原則のわかりやすい記述と実施のためのヒントからなり、これまで加盟国、専門家、関係団体から寄せられていた、こういうものをつくってほしいとの要請にこたえるものである。「基本10 原則」はまた、文化や法的伝統の影響をできる限り排し、普遍性のある精神保健分野の法原則をあらわすことをめざしている。これらの原則を国情にあった様式、枠組み、言語でそれぞれの国内法に具体化することが、各国政府にゆだねられている。
 しかし「基本10 原則」は、決して模範の法というわけではなく、精神保健ケアにとってふさわしいすべての原則を尽くしているわけでもない。さらにこれは、例えばプライバシーの保障など、保健ケア一般のより広い原則に従うことを前提としている。
 この「基本10 原則」が、立法者、公衆衛生管理者、精神保健ケア提供者ら政府行政関係者、また精神障害者本人、その家族、精神保健権利擁護者ら民間の人々ひとりひとりの興味の対象となるよう願っている。(謝辞等略)

 

1.精神保健の推進と精神障害の予防


●主旨:すべての人は、自らの精神的健康を増進し、精神障害を予防するため、可能な限り最良の手段を利用し、利益を得られるべきである。
●内容:この原則は以下の要素を含む。
1)精神保健推進策
2)精神障害予防策
●指針:この原則の推進に役立つ行動は、
1)WHO が定義するような精神的健康の強化、維持に役立つ行動を促進する*1
2)WHO が定義するような精神障害について、原因を除去するためふさわしい行動を決め、実行する*2

 

2.基本的精神保健ケアへのアクセス


●主旨:すべての人は、必要なときに、基本的な精神保健ケア*3を受けることができる。
●内容:この原則は以下の要素を含む。
1)精神保健ケアは、以下に例示するような適切な質*4を備えていなければならない。
(a)患者の尊厳*5を守る。
(b)患者が自らの力で、精神保健上の疾病・障害・社会的不利益に対処できるような援助、そのための援助技術を重視する。
(c)障害による困難を軽減し、生活の質を向上させるため、公認された適切な医療・ケアを提供する。
(d)予防的保健ケア、外来・入院・居住施設を含む適切な質の精神保健ケアサービスをシステムとしてもつ。
2)精神保健ケアは適正価格で公正に提供されなければならない。
3)精神保健ケアは各地域で提供されなければならない。
4)精神保健ケアを受ける際は、他の保健ケア同様、本人の自発的意思によることを基本としなければならない*6
5)精神保健ケアを含む保健ケアの使いやすさは、実際に利用しうる人的・物的資源によって左右される。
●指針:この原則の実現に向け可能な手段は、
1)保健ケアの質を保障する明文の法規定をもつ。一般的保健ケアについての規定が精神保健ケアにも適用されることが望ましい。
2)WHO が定めたような、サービスの質を評価するガイドライン*7に則った医療を実践する。
3)全国レベルで適用されるサービスの質を評価するガイドラインと実施手段をもつ。ガイドラインは、有資格医療従事者や行政機関によって定められ、かつサービス提供者および機関にも適用される。
4)患者の文化的背景に応じた精神保健ケアを提供する。
5)ケアの質について、患者の評価を求め、尊重する。
6)精神保健ケアで行なわれた患者への治療、意思決定、手段は、患者のカルテに記録される。
7)予防医学・保健ケア*8の中に、精神保健の要素を導入する。
8)精神保健ケアを含み、できるだけ広範囲の個人が適用を受けられるような、(公的・私的)健康保険制度を推進する。
9)精神保健法の中に自発的入院手続きに関する規定をもつ。
10)WHO の指標による地域精神保健ケアを利用できる。
 WHO の指標とは、
(a)徒歩または交通手段を使って1時間以内に行かれる範囲で、基本的精神保健ケアを受けられる。
(b)WHO によって定められた主要な薬剤*9が得られる。

 

3.国際的に承認された原則に則った精神保健診断


●主旨:精神保健診断は国際的に承認された医学的原則*10 に則って行なわれなければならない。
●内容:この原則は以下の要素を含む。
1)精神保健診断は、次のものを含む。
(a)診断名*11
(b)治療の選択
(c)責任能力の判定
(d)精神障害による自傷他害の可能性の判定
2)精神保健診断は、精神病もしくは精神病がもたらした状態に直接関係する目的以外のために行なってはならない*12
● 指針:この原則の実現に向け可能な手段は、
1)国際的に承認された原則に則った臨床的トレーニングを促進する。
2)自傷他害のおそれを判定する際、政治・経済・社会・人種・宗教上の背景等、非医学的基準を持ち込んではならない*13
3)新しい診断が下されたときは常に、省略のない再評価を行なわなければならない。
4)過去の精神障害の病歴にのみもとづく診断は行なってはならない*14

 


4.精神保健ケアにおける最小規制の原則


●主旨:精神障害者への精神保健ケアは、行動制限などの規制を最小限にして行なわれなければならない*15
●内容:この原則は以下の要素を含む。
1)最小規制の代替手段を選択する際は、以下のことが考慮されるべきである。
(a)障害の程度
(b)可能な治療法
(c)その人の自立のレベル
(d)その人の理解と協力
(e)自傷他害の可能性
2)地域でケアすることが可能な患者には地域医療の提供を保障しなければならない*16
3)施設内での治療は、規制が最小の環境*17 で提供されなければならない。
 身体的抑制(隔離室や拘束衣)と化学的抑制(薬による抑制)の使用を含む治療は、仮に必要と判断された場合でも、次のことを条件とする。
(a)患者自身と代替治療法について話し合いを継続していくこと。
(b)有資格の保健ケア従事者による検査と投薬。
(c)自傷他害を緊急に回避する必要性。
(d)一定の時間ごとの観察。
(e)抑制の必要性の定期的再評価(例えば、身体抑制は30 分ごとに再評価する)。
(f)厳格に制限された継続時間(例えば、身体抑制では4時間)。
(g)患者のカルテへの記載。
●指針:この原則の推進に役立つ行動は
1)患者の自立のあり方の多様性に配慮した地域精神保健ケアを支える、法的手段とインフラ(人的資源や場所等の基盤)を整備する。
2)隔離室の段階的廃止と新規設置の禁止。
3)地域精神保健ケアと両立しない規定をなくすために関連法を修正する。
4)精神保健ケア従事者に対し、伝統的な抑制形態に代わる危機的状況への対処法のトレーニングを行なう。

 

5.自己決定


●主旨:いかなる形態の介入であれ、事前に本人の同意を求めることが要請される。*18
●内容:
1)介入とは次のものを含む。
(a)例えば、薬剤、電気ショック、不可逆的外科手術の使用を伴う診断や医学的治療など、その人のもともとの身体的・精神的な状態への侵襲。
(b)例えば、強制入院のような自由の束縛。
2)同意は以下のようでなければならない。
(a)それぞれの文化に従い、伝統的なものごとの決定単位(例えば、家族、親族、職場)から助言を受けた後、当事者によってなされなければならない。
(b)(不当な圧力から)自由でなければならない。
(c)決定を下すために十分な情報(例えば、その治療法で得られる利益と不利益、危険性、他の手段、予想される結果、副作用など)が正確にわかりやすく知らされなければならない。
(d)同意の詳細は、微細な介入を除き、患者のカルテに記載されなければならない。
3) 精神障害者に同意能力がないと判断された場合、それが一時的なものであれば、患者のために最善の利益を決定する権限をもった代理の決定者(親族、友人、公務員等)を指名しなければならない。未成年の場合、両親または保護者が同意を与える。
●指針:この原則の推進に役立つ行動は、
1)患者は、自己決定能力がないとの証明がない限り、自ら決定を下すことができるとみなされる。
2)精神保健ケアの場で、患者は自分で決定できないと一律にみなした処遇がないことを保障する。
3) 患者が1つのことがらについて自己決定能力がないと判定されたことをもって、自動的に他の多くのことについても自己決定能力がないとみなしてはならない。例えば、強制入院の承認は自動的に強制治療の承認とはならない。特に、その治療が侵襲的な場合はなおさらである。
4) 患者に、治療についての情報を、その人が理解できる言葉で口頭と文書によって提供する。
字の読めない患者には特に詳細に口頭で説明する。
5) 患者の意見は、その人の同意能力にかかわらず求めるべきであり、その意見は、その人の本来の状態や自由に影響を及ぼす行動を開始するに先だって、注意深く考慮されなければならない。判断能力がないとみなされている人に、意見の理由を説明するよう求めてみると筋の通った懸念が明らかになることがあり、また自己決定を行うことの促進にもなる。
6)同意ができないとされる以前に、患者が希望したことはすべて尊重する。

 


6.自己決定の過程を援助される権利


●主旨:患者が、自己決定するという事態を受け入れることに困難を覚えているのみで、できないわけではない場合、その人にとって知識のある第三者機関の援助は有効である*19
●内容:困難の理由はさまざまなものが考えられるが、以下を含む。
1)一般的知識
2)言語能力
3)病気に起因する障害
●指針:この原則のさらなる尊重のために役立つ行動は、
1)患者が援助を必要とするまさにそのときに、この権利*20 があることを患者に告げる。
2)法律家、ソーシャルワーカーなど、実際に援助してくれる可能性がある人は誰かをアドバイスする。
3)無料の援助機関を設けるなど、援助者の関与を促進する。
4)オンブズマンや患者自治会のような、精神科患者に援助を提供する仕組みを構築する。

 

7.審査手続きの利用


●主旨:判事や後見人ら代理人、保健従事者による決定に対しては、必ず審査手続きがなくてはならない*21
●内容:この原則は以下の要素を含む。
1)その手続きは、当人を含む関係者の求めに応じて発動されなければならない。
2)その手続きは、タイムリーに(例えば、決定から3日以内に*22)とられなければならない。
3)患者が、健康上の理由で審査を妨げられることがあってはならない。
4)患者は自分自身で発言する機会を保障されなければならない。
●指針:この原則の推進に役立つ行動は、
1)法律で定められ、かつ実際に機能しうる審査手続きと常設の審査機関をもつ。
2)精神科患者のための、法律的・オンブズマン的活動をする代理人事務所を、国の方針で設置する。

 

8.定期的審査の機構


●主旨:患者本来の状態に影響を及ぼす治療や自由を束縛する入院が長期にわたる場合、求めがなくても定期的に審査する機構がなければならない*23
●内容:
1)審査は自動的に行なわれなければならない。
2)審査は合理的期間(例えば6か月)ごとに行なわれなければならない。
3)審査は権限を持った有資格の決定者*24 によって行なわれなければならない。
●指針:この原則の推進に役立つ行動は、
1)審査会の委員を任命する。
2)審査委員は所定の期間ごとに、患者に会い、審査を行なう。
3)保健行政当局は、患者が審査会委員に会い審査を受ける権利を保障する。
4) 審査手続きは、毎回省略なく行なわれることを要する(2回目以降の定期審査について、できれば前回とは異なる審査会委員が行なうことが望ましい。また、前回までの決定に影響され過ぎてはならない)*25
5)審査委員の職務怠慢(例えば、指定された審査を行なわない)について制裁規定を設ける。

 

9.有資格者の決定者


●主旨:公権による決定者(判事など)や代諾権者(親族、友人、後見人など)は、法に則って資格を与えられ、決定を行う*26
●内容:有資格の決定者(訳者注:ここで言う決定者とは、自己決定が不可能と判断された患者に代わって決定する人または機関を指す)とは、
1)責任能力
2)必要な知識
3)公権による決定者の場合、独立の第三者性
4)公権による決定者の場合、中立性を備えていなければならない。理想的には公権力による決定機関は、専門分野が異なる複数の者(例えば3人)からなることが望ましい。
●指針:この原則の推進に役立つ行動は、
1) 公権による決定者とその助手に対して、精神医学、心理学、法律、福祉サービスその他を含む必要な専門分野について、新任、現任研修を行なう。
2) 決定機関構成員のうち、当該決定に直接に個人的利害関係をもつ人は、その決定に加わってはならない。
3)職務の独立性を保つため、公権による決定者には十分な報酬が与えられなければならない。

 

10.法の支配の尊重


●主旨:決定は、他の基準や自由裁量によらず、現行法に則って行なわれなければならない*27
●内容:
1)その国の法制度により、法は憲法、条約、国内法、政令・省令、施行規則などさまざまな形をとりうる。
2) 決定が従うべき法は、その決定が行なわれる時点で施行されている法であって、過去の法や法案であってはならない。
3)法は、公開されていて、誰もが見聞きでき、理解できるものでなければならない。
●指針:この原則のさらなる尊重のために役立つ行動は、
1)患者に彼らのもつ権利を知らせる。
2) 世間一般の利害関係をもつ人々、とりわけ決定を行なう人々に必要な法が確実に知られるよう、法の出版、人々が解する言語での説明など法の広報普及に努める。
3)決定を行なう人に対し、法令の意味、行使のしかたについてトレーニングする。
4)国際的に認められた人権についての基準(例えば、国連原則、この基本10 原則)を国内法の中に取り込む。
5) 精神保健法の実際の運用をチェックする監査機関をもつ。その監査機関は、保健行政当局や保健サービス機関から独立していなければならない。


*1 WHO,学校における生活技術教育(WHO/MNH/PFS/93.7A.Rev.1),ジュネーブ,1993;
WHO,生活技術教育の開発と普及,概観(WHO/MNH/PSF/94.7),ジュネーブ,1994;WHO,
子どもの社会精神医学的成長の促進,子どもたちの人間的環境を豊かなものにするプログラム
( MNH/PSF/93.6 ) , ジュネーブ, 1993 ; WHO , 生活技術- ニュースレター
(WHO/MNH/NLSL/92.1,93.1,94.1,95.1),ジュネーブ,1992-1995
* 2 WHO , 精神・神経・社会精神障害予防のためのガイドライン1 〜 5 巻
(WHO/MNH/MND/93.21-24.94.21),ジュネーブ,1993
*3 国連原則1「基本的な自由と権利」(1)
*4 国連原則1「基本的な自由と権利」(1)(2)
*5 国連原則1「基本的な自由と権利」(2)
*6 国連原則15「入院原則」(1)
* 7 WHO , 精神保健ケアの質の保障: チェックリストと用語解説, 1 巻
(WHO/MNH/MND/94.17),ジュネーブ,1994
*8 WHO,予防医学保健ケアへの精神保健分野の導入,ジュネーブ,1990
*9 WHO,主要な薬剤の使用(TRS No.850),ジュネーブ,1995;WHO,主要な薬剤の使用
(WHO/MNH/MND/93.27),ジュネーブ,1993
*10 国連原則4「精神病の判定」(1)
*11 国際的に承認されている診断のガイドラインには,WHO のICD10,1992 があり,一国内の精神診断システムでありながら世界的な承認を得ているものに,アメリカ精神医学界のDSM-IV,1994 がある。
*12 国連原則4「精神病の判定」(5)
*13 国連原則4「精神病の判定」(2)
*14 国連原則4「精神病の判定」(4)
*15 国連原則1「基本的な自由と権利」
*16 国連原則3「地域での生活」7「地域と文化の役割」
*17 国連原則9「治療」(1)11「治療の同意」
*18 国連原則1「基本的な自由と権利」(6)
*19 国連原則1「基本的な自由と権利」
*20 国連原則12「権利の告知」
*21 国連原則17「審査機関」
*22 国連原則17「審査機関」(2)
*23 国連原則17「審査機関」(3)(4)
*24 「9.有資格の決定者」参照
*25 国連原則17「審査機関」(4)
*26 国連原則17「審査機関」(1)
*27 国連原則「一般的制限条項」(「精神看護」vo1.1 no.4,1998.7 より)

 

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