医療観察法.NET

障害は社会のほうにある Part3

障害を楽しく生きよう トーク&ライブ 講演録

八尋光秀(弁護士)
2008年3月

障害者の権利に関する条約 概要

障害者の権利条約

スライド20

スライド20、障害者の権利条約のことを少しは話さなくちゃいけませんね。表題にもしていますから。皆さんの手元に私の「障害者の権利に関する条約−概要―武器としての要約」というものをお配りしています。読みたくないでしょうけど、読んでください。少しだけ触りをお話したいと思います。

イェーリンクは、権利を勝ち取り、守るためには権利のための闘争が必要であると言っています。私は、時に闘うことも必要ですが、権利を守るために逃げるという、「逃走」が必要な時もあると思います。私は半々ぐらいがいいのではないかと。あまり闘うばかりだと潰されたりします。危ない時は逃げろです。自分の権利を勝ち取り、守るために闘う時も逃げる時も武器を持て。その武器は暴力を使うための武器ではなくて心と言葉で勝ち取り守るための武器。その武器として、この条約を使いましょう。

スライド21

スライド21、まず、障害の概念について。

前文に良い事が書いてあります。

障害は社会構造体がもたらす壁によって生じます。1人1人の人間と社会との関係のうえに障壁が存在する、それが障害だと書いています。その障壁をつくる主な原因は社会のシステム(社会構造体)の方にある。そういう考えに比重を移してきました。私は全部社会のほうに比重を移して、「障害は社会にある」と言います。私は「障害は心にはないよ、社会にあるんだよ」という本を書きました。良い本だという風に言われているのですが売れてないと出版社から叱責が飛んできます。

スライド22

スライド22、次に行きます。人権の歴史性について。

人権とか法律といっても、ただの文字を紙に書いたものだと。人間は言葉で、歴史を紡いでいます。人権条約は、この障害者の権利条約も含めて、人類がその時代時代にその最もあるべき姿を描いた、言葉の記念碑というべきものです。国際人権規約、人種差別撤廃条約、女性差別撤廃条約、こういった条約は人類が話し合って、こうしようとした取り決めです。皆さん方、つい70年前の日本の社会は女性に選挙権がなかったということをご存知ですよね。平気だったのです。女の人を男と同じ立場の人間だということを認めなくても平気だった時代がついこの間までありました。

スライド23

スライド23、前文の冒頭で個人の尊厳、平等原則ということに言及しています。私はこの条約で1番きれいな言葉だなと思うのがこれです。「すべて人間の固有の尊厳、平等、権利をすべからく保障することが、世界の自由、正義、平和の基礎をなす。世界はそれを理解し合意した」と。これは世界の自由と正義と平和を守るためには、精神科ユーザーを含めた障害者の人たちが固有の尊厳、平等、権利、すべてを保障されなければならない。そうでなければ私たちが求めている世界の自由も正義も平和もやってはこない。そう宣言した言葉です。とてもきれいな言葉だと思います。

各条項については2か条だけに触れます。

スライド24

スライド24、今日のテーマである患者を社会から隔離するなということに関連して、地域社会への完全参加の権利というものについて。

これは自分で選んだ地域で、場所で、そこに所属して、自分のために自分の人生を生きることができる権利です。これに関連してリハビリテーション、ハビリテーションを受ける権利というものがあります。ハビリテーションというものは、リハビリをしなくて済むように地域の中で医療を実施し、福祉を提供する。つまり、隔離なんかするな。長期入院なんかをするな。地域にあるがままで、医療的な援助、福祉的な援助を実施する。そういう医療や福祉を受ける権利があるという条項です。

スライド25

スライド25、もうひとつは、十分な生活水準及び社会的保障を受ける権利について。

こういう権利を言い出しますとそんな事をしていたら社会の経済が持つはずがない。必ずこう反論されます。本当にそうなのでしょうか。私は人権保障の考えは常に社会におけるコストパフォーマンスを考えないと具体化しないと思っています。人権を保障するというのは社会にとってどういうことかということを考える。それを個人の幸せの観点だけからではなく、社会システムとして、経済的な側面も合わせて考える必要があると思います。少なくとも患者さんを病院にあるいは施設の中で24時間、何年間も入れることにかかるコストを考えなければなりません。例えば精神科のベッド1床につき直接的には300万円以上の費用がかかります。厳密に積算すれば600万円にものぼる費用がかかります。そういったお金を社会の中で使えばどうか。財政破綻するなどという話ではないと思います。さらに何よりも患者を病院に隔離するシステムをとることは、患者を不安に陥れ恐れさせます。患者本人も家族も病気を恐れ、入院を恐れ、烙印付けを恐れます。長期にわたって、病気であることや、治療が必要なことを否認し続けます。否認は本人であり、家族がボロボロになるまで続く。そういう悪循環があります。精神科ユーザーが1人いると、家族全体がとんでもない重荷に打ちひしがれてしまいます。その周りにいる親族にも影響を与えます。その影響が町にも及びさらには今の社会構造にも社会的病理として波及します。この悪循環を断ち切って、患者への隔離を許さない、地域の中での治療福祉を徹底することで、患者もそうですけれども、その家族もみんなが地域の中で、社会の中で、その人にふさわしい活動がより活発にできるようになります。そうなれば、病気であるとか障害があるとか、そういわれる人達こそ、私達の社会にかけがえのない人たちであり、仲間であるという考えを自然に生み出してくれます。現に、先ほどダルクの話で少ししましたけれど、薬物依存症になってしまった体験を持つ人というのは、その人にしかできない社会的な役割を果たすことができます。私達の社会に薬物依存症が存在するということは、そこから回復した人たちが必要不可欠だということを物語っています。これは精神科ユーザーであり、そのほかの障害者と呼ばれている人達でもまったく同じことです。

 

ともに生きる在ることの喜び

スライド26

スライド26、そろそろ時間ですのでまとめをしたいと思います。ワイドビューといって、視野を広げたいと思います。まずは宇宙の広がりについて。

私たちは今、ここで静止しているわけです。けれど、地球は太陽の周りを秒速30キロメートルのスピードで動いています。地球から太陽までの距離はおよそ1億5200万キロ。ですから地球は1年間でその2倍に円周率3.14をかけた距離を公転と言う呼び名で移動します。これから秒速を割り出すとだいたい秒速30キロメートルです。音速の90倍の速さで地球は回っている。

それはただ太陽系の中での出来事です。太陽系自身がどう動いているのか、あるいは銀河系の宇宙はどう動いているのか、それはまだ分かりません。しかし、そういう私たちの想像もできないスピードというか時間軸や空間変化の中で我々はこのように平穏に生活をしています。

もう1つ。人遺伝子の繋がりについて。

私たちひとりひとりみんな言葉を変えればいわば万世一系です。人類の始まりに辿り着かない人は一人だっていやしない。人類の発祥に私たちすべてひとりひとり例外なく繋がっている。そこで、1000年を先祖遡ります。平均して25才で生殖したとすればおよそ40世代を跨ぐことになります。40世代を経るについて、私たちひとりひとりそれぞれに、どれだけ遺伝子のカップリングが存在するのか。私のつたない算術によると、2の40乗かける40÷2。およそ20兆の人の遺伝子が繋がっていることになります。実際は人類の歴史は1000年くらいではありませんので、もっと途方もない数の遺伝子が私たち一人一人につながっているのです。そういう途方もない数の遺伝子が我々の中にあり、そしてそれが私たちの命を一つ一つつかさどっている。

そういうように、私たちが今ともにこの地球で、宇宙時間にすれば一瞬ともいえる短い時間、生命として存在し生きていることの背景や広がりを意識に置きながら、ものごとを考えてもいいと思います。人権であったり、世界の平和であったり、宇宙の理というものを考え、感じる。その中で精神科ユーザーとか障害者と呼ばれて、時に嫌われ、傷つけられている方々とどう付き合うのかと考えていければいいと思います。

新聞で精神科ユーザーが残虐な殺人を犯した、そういう記事が出ます。私達はつい、遠い場所での出来事、自分とは違う人間のやったこと。自分にはおよそ係わりのないことと、忌み嫌い、ときにそんな奴は人間じゃない社会から弾き飛ばしてしまえ、そう考えがちです。でもそれで良いのか。 被害者にも加害者にも家族があり、そして人生がある。私たちと同じように、小学校の時の友達もいれば、喧嘩した仲間も居る、色んな夢を見てきし、失敗もし、泣いてもきた。私たちと実に地続きの出来事だし、私たちの分身そのものであったり、私たちの代理人として、そういった事件が行われた、あるいは被害を受けた。そう考えることができます。悲惨であればあるほど、残虐であればあるほど、人間の仕業とは思えないと言われれば言われるほどに、物事の問題を自分に引きつけて、私たち1人1人が解決に向けて考え、祈り、行動する。

そのような人間としての活動が実を結ぶ時に、はじめて加害者であり被害者である人間の、1人1人の尊厳を守ることができると思います。そうであってこそ私達はこの権利条約を手にし、守る事ができるし、世界の、ひいては、ちょっと大きいですけど、宇宙の平和と正義だって守ることができるのではないのかと思います。

ですから、このような保護室に象徴される患者隔離はいらない(スライド26を消す)と思います。私の話はこれで終わりたいと思います。

引き続き素敵なジャズの演奏があります。私もお会いするのははじめてです。とても素敵な音楽を聞かせていただけます。

常々私は弁護士、法律家というのは過去を見ながら今を見ている、哲学者はだいたい今の社会の50年先を考えている、アーティストであるとか芸術家というのは100年以上先を見ながらあるいは感じながら活動していると思います。

私の話はおよそ100年を遡りました。いまから早坂さんミンガさんおおたかさんの100年先を感じさせてくれる音楽に身を任せたいと思います。

今日は本当にありがとうございました。

以上

 

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主催 障害を楽しく生きよう トーク&ライブ実行委員会
※文中の写真は資料提供者からの了解をえて掲載しています。

参考リンク
   あるべき姿―精神科医療改革として
   障害者の権利に関する条約 概要

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