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医療観察法 Q & A


Q6.この法律ができたのは、精神障害者の犯罪発生率が高いからですか?
 また、精神障害者の再犯率は高いのですか?

Answer 6.


 犯罪白書によると、年間の精神障害者の犯罪検挙数は全検挙数の約0.6%であるとされています。精神障害者の数が全人口の約2%であることからすると、精神障害者の犯罪率はむしろ一般より低いといえます。しかもこの統計は、精神障害者に加えて、警察が「精神障害の疑いがある」と判断した数も含めていますから、実際にはもっと少ないかもしれません。
 精神障害者の犯罪は殺人・放火などでは高率であるといわれますが、その被害者は近親者が多く、他の犯罪と同列にその社会的危険性を論ずることはできません。
 医療観察法が目的とするところは、殺人・放火などの重罪を犯した精神障害者の再犯の予防です。それでは、こうした犯罪における精神障害者の再犯率はほんとうに高いのでしょうか。
 殺人および放火を犯した精神障害者について、初犯後11年間における再犯の実態を調査した報告によると、その再犯率はおのおの6.8%と9.4%でした。ところがこれと比較すべく調べた一般犯罪者の同じ期間における再犯率はおのおの28.0%、34.6%と精神障害者の4倍に近い再犯率を示していました。
 さらに、精神障害者と一般犯罪者の施設収容の処遇経過について比較しますと、殺人犯では11年後も収容継続していた者は、一般犯罪者5.6%に対して精神障害者は23%、放火犯では、一般犯罪者0.5%に対して精神障害者では23%であったといいます。つまり、精神障害者は医療観察法ができるまでもなく、現在すでに充分保安処分的に隔離収容されてきているといえます。

 


Q7.「起訴前鑑定」とは何ですか?
 起訴前鑑定には問題があると言われていますが、どんな問題ですか?

Answer 7.


 刑事事件の被疑者に対して、検察官の依頼により起訴前に精神科医師が行う精神鑑定を起訴前鑑定といい、検察官はこの起訴前鑑定の結果を参考にして起訴、不起訴、起訴猶予などの判断を下します。起訴前鑑定には、簡易鑑定と本鑑定があります。簡易鑑定とは、被疑者の同意を必要とする任意捜査の一環として位置づけられており、通常1回の診察のみで、数日以内に鑑定書が提出されます。本鑑定も検察官の嘱託によりおこなわれますが、刑事訴訟法224条ら基づく鑑定留置、225条にもちづく鑑定許可を裁判所から得て行われます。通常その期間は数ヶ月です。日本の起訴前鑑定では簡易鑑定が90パーセント以上を占めています。
 簡易鑑定は、迅速な判断により精神科治療の必要な被疑者を早期に医療に結びつけるという役割がありますが、現状の簡易鑑定では以下に述べるような問題点があります。
 第一には、責任能力の判定と精神科治療の必要性という次元のちがうことを同時に求められていう問題があります。どちらに重点をおいて鑑定に臨むのかについて様々な見解があり、意見が交わされています。第二には、現状の検察官の責任能力判定を見ると、起訴前には緩やかにして不起訴とし、起訴後は厳しく有罪を求めるという二重基準が存在しているという批判があります。第三に、鑑定に当たる精神科医に簡易鑑定に当たって任意捜査の一環であるという認識が不十分であり、鑑定に際し、鑑定者の立場、鑑定の目的、鑑定内容が起訴・不起訴を決定する資料となることなどを被疑者に説明してきているかどうか疑わしいことが指摘 されています 。第四に、簡易鑑定書の不均一が指摘されています。鑑定の質・量ともに鑑定医の違いによるかなり大きな個人差・地域格差があることが指摘されています。鑑 定人の資格も特に定められておらず、鑑定書の書式も一定されていないため、鑑定の書式モデルや研修システムについて提案がなされていますが実現していません。



Q8.地方裁判所は、事件当時の判断・責任能力の有無をどうやって認定するのですか?

Answer 8


 責任能力とは、精神の障害により事物の理非善悪を弁別する能力またはその弁識に従って行動する能力のことをいいます。この能力のいずれかを欠如している状態が心神喪失であり、著しく減退している状態が心神耗弱です。
 責任能力が争われる場合、裁判所は、行為者が「精神の障害」を有していたかどうか、事物の理非善悪を弁別する能力またはその弁識に従って行動する能力があったかどうかを認定します。一般的には、行為者の当時の病状(疾病の種類と程度)、行為前後の生活状況や行動、行為の動機、行為の手段や態様、行為時の記憶の有無などの諸事情を総合して判断されることになります。責任能力の有無の認定にあたっては、鑑定人(精神科医)による鑑定の結果が尊重されますが、裁判所はこれに拘束されるものではないとされています。行為者の精神状態が心神喪失または心神耗弱にあたるかどうかは法律判断であるから、専ら裁判所の判断にゆだねられていると考えられるからです。

 


Q9.再犯のおそれがあるかないかは、何を基準予測するのですか?
 また誰が予測するのでしょうか?

Answer 9


 この法は、法案が国会に提出された当初は、「継続的な医療を行わなければ心神喪失又は心神耗弱の状態の原因となった精神障害のために再び対象行為を行うおそれの有無」を問題にする旨が規定されていました。文字どおり「再犯のおそれ」の判定です。しかし、ごく近い将来はともかくとして、長い未来につき、その人が法に触れる行為を行うかどうかといった複雑かつ微妙な問題の予測は、精神科医を含め、誰にもすることはできません。実際にこれを強行して「おそれあり」とされた人を拘禁するようにすれば、単純計算上でも、拘禁しなければ再犯をしてしまう人の2〜数倍、再犯をしない人を拘禁することになります。そもそも、未来に行うかもしれない行為を根拠に、人を拘束してもよいかどうかという問いは誰にも答えられません。例えば刑務所に入れるなどの刑罰も、犯罪という行為がはっきりあった場合に、初めて科されるものです。
 こうした批判があったため、法案の上記の記述は、国会審議の過程で、「対象行為を行った際の精神障害を改善し、これに伴って同様の行為を行うことなく、社会に復帰することを促進するためにこの法律による医療を受けさせる必要があるか否か」に改められた上で、国会で可決されて正式な法律となりました。しかし、この法律の「目的」は、「この法律は、…同様の行為の再発の防止を図……ることを目的とする。」(第一条)としており、修正されていません。上記の文言でも、「同様の行為を行うことなく」と明言されていますから、結局再犯の問題はついて回っています。また、このような修正がなされたにもかかわらず、この法を推進する側に立つ多くの法律学者は、この法の根拠として、再犯の問題を大きく掲げています。裁判所から鑑定医に出される文書においても、「本法による医療を受けさせなければ、その精神障害のために同様の行為を行なう具体的・現実的な可能性があるか」が鑑定項目に挙げられています。
 すなわち、「再犯のおそれ」の問題は、法文に明記されていなくとも、この法においては非常に大きな問題なのです。
 さて、問題は、誰がどうやって、ということです。まずは「精神保健判定医又はこれと同等以上の学識経験を有すると認める医師」が鑑定をやることになります。「精神保健判定医」とは、「この法律に定める精神保健審判員の職務を行うのに必要な学識経験を有する医師」のことで、「精神保健審判員」とは、この法に基づいて、裁判官と合議をして対象者の処遇等について決定をする人のことです。現状では、所定の3日間の研修を終えた精神科医がなることができるもので、いわゆる司法精神医学・司法精神医療への特別の経験は必要ありません。鑑定は、関係書類を読み、通常は入院で問診や諸検査を行い、必要であれば対象者の家族などからも情報を集めて行います。精神医学的な診断のほか、17の「共通評価項目」について点数付けを行い、この法による医療の必要性、入院の必要性等について意見を述べることとなっています。
 こうして作成された鑑定につき、裁判官および精神保健審判員(鑑定する医師とは別に、精神保健判定医の中から任命される)からなる合議体が、社会復帰調整官(保護観察所に所属する精神保健福祉士)の生活環境調査報告書も読み、検察官や付添人(弁護士)、精神保健参与員(精神保健福祉士)の意見も聞くなどして、最終的な判断を下すことになります。
 この判断は、本来は今述べたようにこの法による医療の必要性や入院の必要性に関するものなのですが、現実には「再犯のおそれ」についての判断が混入しています。いずれの判断についても、明確な基準がありません。このためにすでに大きな混乱を来している事例も出ています。調子が悪くて入院は必要だと思われる事例でも、ここで求められているのはあくまでも「この法による入院の必要性」なので、普通の病院ではなく指定入院医療機関という特別の施設への入院が必要かどうかという判断をしなければなりません。これは相当に難しい判断で、実際の鑑定や裁判所の決定文を見ても、この部分は明確にされていないものがほとんどです。
 判断が分かれるという事態も出現しています。もっとも明確なのが退院にまつわる判定です。退院の際も、病院や本人等から退院の申立てがあった際に、裁判官および精神保健審判員からなる合議体がそれについての判断をすることになっていますが、その人を治療している指定入院医療機関からの退院の申立てが却下されるという事態が続出しています。海外等での研修を受け、専門的知識と経験を有し、実際にもその人を治療していて、24時間の状況も観察している指定入院医療機関の精神科医の「退院できる」という判断があっさりと覆されているのです。
 以上、要するに、「再犯のおそれ」の判断は、本来「この法による医療の必要性」等の判断にとって代わられたはずのものであるのに、それが残存しており、そもそもその判断は難しく、現実にも混乱があり、判断が分かれるという事態が出現しているのです。

 


Q10.医療観察法の指定医療機関での治療は、一般の精神科医療とどう違うのですか?

Answer 10

医療観察法・入院医療と一般精神科医療との違いは次の5点ほどでしょう。
第一は、専任の医療スタッフは手厚く、1病棟・33床に対して、精神科医3〜4名、看護師43名、臨床心理技術者3名、精神保健福祉士2人、作業療法士2名などとなっています。一般精神科医療のなかでもっとも充実している精神科救急入院料病棟と比較しても、精神科医や看護師は約2〜2.5倍というだけでなく、臨床心理技術者と作業療法士が専任で配置されているという特徴があります。
第二は、すべての職種による個別面接、さらにグループでの認知行動療法や社会技能訓練などが行われています。そして病識や内省の獲得あるいは薬物・アルコール依存からの脱却を目標とする様々な治療プログラムの試みがなされています。また原則的に、説明と同意を得て薬物療法や心理療法は進められています。次に治療評価や治療方針は、すべての職種による「多職種チーム会議」で検討され決められています。さらに病院長を含む「運営会議」により、外出や外泊あるいは裁判所への退院や入院継続の申し立てなど節目の大きな方針が決定されます。また入院初期の段階より、社会復帰調整官が加わった退院に向けた課題や地域での調整を話し合うための会議も持たれています。
第三は、病院以外の専門家が含まれる「倫理会議」があります。「倫理会議」は、実際には、治療に関するセカンドオピニオン的な役割を担っています。強制的な注射による薬物療法をすべきか否か、あるいは修正型電気けいれん療法(麻酔下と少ない通電量でけいれんは起こさない)の適応であるか否かなどが検討され決められます。
第四は、ここで取り上げるまでもなく、直接治療に関わる医療スタッフには、退院を決める権限はありません。精神保健福祉法の措置入院は、形式的には退院の決定権は知事あるいは政令市市長にありますが、実質的には病院からの措置解除申請はフリーパスで認められています。しかし医療観察法においては、裁判所の合議体による決定という司法手続きがなされなければなりません。そして退院や処遇に関する法律的な手続きなどに関して、定期的な弁護士による法律相談が実施されています。
第五は、病棟は一般精神科医療と比較して2〜3倍の広さです。そしてすべて個室であり、プライバシーを守りやすい空間的な構造になっています。他方で離院防止や危険物の持込には厳重な構造とチェック体制が敷かれています。
 このような医療観察法入院治療と環境のなかで、現時点では、一般精神科医療と比較して、強制的な薬物療法あるいは隔離・拘束は極めて稀であり、自殺企図や暴力もごく少なく、離院企図もほとんどないようです。但し、医療観察法入院治療において、特別な精神科医療が行われているわけではありません。薬物療法による効果が不十分な場合には、手厚い医療スタッフといえども退院へのめどはなかなか立ちにくいのが現実でしょう。視点を変えれば、一般精神科医療を医療費と医療スタッフを大幅に増やすことで、医療観察法入院治療に近づけるべきでしょう。
 最後に医療観察法・通院医療では、社会復帰調整官が見守りと地域処遇のコージネーターとなることが目新しいところです。しかし通院が多くなれば、現在の各県1〜2名の社会復帰調整官ではその役割を果たせなくなるのではないでしょうか。さらに精神科医療機関では、医療スタッフは特別に増えるわけではなく、また精神保健福祉センターや保健所においても同様です。このような体制のままでの医療観察法通院医療については、入院と比較して余りにも不備ではないかという懸念があるといわざるを得ません。

 

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